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実際桃太郎の旅に高所恐怖症が同行してたら大変だと思う。そういう意味でも銀次は完全な自称でしたね。
――今なら「帰りたい」と思った回数の世界記録を本気で塗り替えられるような気がする。
「おーいうp主、降りるこないと先に進めないよ?」
穴の下からゆっくりさんの声が木霊する。
わかっている。ここから先に進むには目の前にあるこの穴を降りていかねばならないことぐらい、説明されなくても最初からわかっている。
しかしながら自分の全身がこの穴の下に降りるのを拒絶しているのだ。別に嫌な予感がして降りたくないとかいう第六感的なものではなく、ただ単純に降りるという行為をしたくない。
……否、降りようとするためにこの穴を覗き込みたくない。
軽く3、4階ぐらいの高さがある場所を覗き込むなど、万一落ちたときのことを考えると天地が引っ繰り返っても出来る気がしなかった。
「だから高所恐怖症だって言ってるじゃないですか……!」
自分の切実な言葉は、日本晴れの空に吸い込まれて消えた。
「まったく、うp主は桃太郎にはなれないね。そもそも太郎になれないんだけど」
結局銀次に手伝ってもらって下を見ないようゆっくりゆっくりと降りてきた自分に対し、ゆっくりさんが心底呆れたような声で言う。
別に自分は桃太郎になりたいともなろうとも思ったことはないし、太郎云々以前に桃から生まれなければ桃太郎にはならないんじゃないかともツッコミを入れたい気持ちはあったが、無事に降りられたことへの安堵と未だに高鳴る心臓の高鳴りでそれを口に出す余裕などなかった。
「まあまあ、誰にでも苦手なものはあるってもんですよ。とにかくこれでも飲んで落ち着きましょうや」
銀次はそう言いながら水筒を差し出してきた。体力が回復するそれとは違う至って普通の水が入ったものであるが、飲めば気分が落ち着くのでありがたくそれを受け取る。
それにしても、かつて容赦なく大金をスっていった男に気遣われているというのも中々妙な話だ。改心したからだとはわかっているものの、スられた当時のことを思うと色々と複雑な心境になってしまう。
「次に穴から飛び降りないと進めないような場面に遭遇したらさ、背中を思いっきり押してやればいいんじゃない? 時にはスパルタも必要だと思うんだ」
さらっととんでもないことを提案するゆっくりさんに、相棒よりも元スリの加害者の方が優しいというのはどういうことなんだろうかと思わず天を仰ぐ。ぽっかりと開いた穴から見える空は、相変わらずの日本晴れだった。
ゆっくり族の生態にはまだまだ明かされていない部分が多い。人里に出てくるゆっくり族の大半が大人の女性――といっても、ゆっくり族の精神年齢の成長は人と比べるとかなり遅いため中身はまだまだ子供であることが多いが――であり、子供や男のゆっくりは滅多に見かけないため、そもそもどうやって子孫を増やしているのかすら未だにわかっていないのだ。
ゆっくり族当人に訊いても彼女たちは虚と実を混ぜて物事を語ることが多いためにどれが正しいのかわからない。真偽を確かめるには実際にゆっくり族の里に赴くしかないのだろうが、人間や鬼では辿り着けない秘境にあるらしく、少なくとも記録の上ではゆっくり族の里に行ったことがある者はいなかった。
ちなみに自分と行動を共にしているゆっくりさんによると、ゆっくり族には滅多に男が生まれないが基本的に不死身であるため特に困ることはない、らしい。いざとなれば人型に変身して他種族と交われるとも言っていたが、流石にそれは嘘だろう。
そんな謎と嘘だらけのゆっくり族であるが、1つだけはっきりしていることがある。それは、基本的に同族含め他人には容赦がない性格をしているということだ。
うp主はゆっくり族と相性がいいというが、それはあくまでも漫才のボケとツッコミ的な意味での相性であって、ゆっくり族と仲良くなりやすいという意味での相性ではない。むしろうp主は積極的にゆっくり族に弄られやすく容赦ない扱いを受けやすい傾向にあるため、他の人間に対する避雷針的な存在だったりするのだ。
それを重々承知してゆっくりさんと一緒にいるわけであるが、わかっていても実際に容赦ない扱いを受けると遠い目をしたくなるのも確かだった。
小耳に挟んだ話では、彼女たちは自分のお気に入りの相手にだけは非常に優しくなるという。お気に入りの基準は各々の固体によって違うそうで、中には可愛い女の子ならば全部お気に入りにしてしまうゆっくり族もいるとの話だ。
ごく稀にゆっくり族のお気に入りになれるうp主もいるらしいのだが……少なくとも、自分はそうはなれそうにない。
――ゆっくりさんにお気に入りが出来て、その人の影響で優しくなるとかなればいいのになあ。
そんな淡過ぎる期待をしてしまう自分がちょっぴり悲しくなりつつ、これ以上足を引っ張っているわけにもいかないのでもう大丈夫だからと桃太郎と銀次に先に進もうと促す。
パックリと口を開いた地割れを飛び降りないと先に進めないと判明し、それを酷く後悔する羽目に陥るのは、その直後の話だった。